行程図 陸前高田市は図の真ん中に
陸前高田市の復興の象徴でもある奇跡の一本松を訪ねた。周りには樹木が全く無く、津波で被災した建物が遺構として横たわっているだけである。周辺ではかつての高田松原を再生すべく、多くの団体が植樹活動を始めている。奇跡の一本松は、被災地の復興に向けた象徴として1億円ほどかけて、枯れた樹木の幹・枝・葉を本物らしく樹脂加工して復元したものである。森林管理にかつて携わった者として率直に思うのは、そこまでして残す意味が有ったのかと言うことである。津波直後の生きていた姿から、枯れてゆく姿を実際に見せていくことで自然の摂理の厳しさを知ってもらうことで十分ではなかったかと思うのである。一本だけポツンとある剥製の樹木を見て、哀れに思うのは私ひとりであろうか。動物の剥製も基本的に好きになれない同様の気持ちがこの奇跡の一本松にもある。被災した建物を遺構として残すのも、そこで命を失った家族の心情を思うと、その是非が議論されるが、ましてや命があった生物の残骸を基本的に残す事に私は賛成できない。
陸前高田市から再び気仙沼市に戻り、海岸線を更に南下し南三陸市に入る。ここからは海岸線を離れて内陸に高速道路として整備されている三陸自動車道に入る。旧登米町で道の駅「三滝堂(みたきどう)」にて昼食を取るが、玄関で目にしたイワカガミについつい手が行き購入するも、ユキノシタ同様の不安がよぎる。
イワカガミ さてどう管理するかが思案のしどころ
暫くすると湾岸工業都市の石巻市に入る。ここには親父が勤務した日本製紙(旧東北パルプ)石巻工場がある。被災直後に訪れたが、その被害の壮絶さに言葉を失った。しかし工場の復旧の速さは驚異的で1年程度の期間であったが、その模様は)ドキュメンタリー小説 佐々涼子著「紙つなげ」(早川書房)に譲りたい。
下の被災当時の写真と比較を
(参考:被災当時の画像と現在の比較)
津波に揉まれているはずであるが、全くチップが流されていない様子に驚く なぜチップは流されなかったかの疑問は解消していない
フクロウのコレクションが趣味。画像は「なんでだろうな?」の標題で長野市の女流切り絵作家の作。好奇心の塊が若さの秘訣か。

















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