11月6日、われもこうの最終作業の翌日に、とんでもない冒険に挑戦することになった。事始は、作業終了後のお茶の席でのお誘いである。「あした滝の見物に出かけますが、御一緒にいかがです?」 ご婦人からのお誘いに一瞬ドキリとしたが、ご主人も一緒とか。またリーダーは、国土地理院OBで軽井沢の地誌の詳しさでは右に出る人はいないとされるDr.Sc.のE氏。「まだ行った事ないの? 素敵な所よ。いってらっしゃいよ!」と背中を押す会長の声に、「帰って相談してから・・・」と母を介護する家内への気遣をしたが、内心では「行くぞー!」と、一返事で参加を決めたも同然である。
青空に雲一つ無い快晴のトレッキング日和の午前9時。中央公民館に集合し、E氏の車に全員同乗する。参加者はお誘いを受けたS会員ご夫妻と私、そしてE氏の4名である。聞くとS氏は写真家で全国をかなり歩いているらしい。今日は、ダイナミックな滝の姿を狙っての参加の様子である。
9時半にトレッキング開始地点に到着。途中、群馬県境の熊野神社前を通過し、旧中仙道との三叉分岐点の左道を直進し、ヒノキ造林地の前で車を降りた。この地点には前橋営林署の昭和57年度起工の峠林道の看板や中部北陸自然歩道の看板、更には安政遠足との看板もありトレッキング愛好家には結構利用されている様子である。いよいよ滝を目指して歩き始めるが、「これから暫くはなだらかな下りですが、滝の近くではかなりの急坂になりますので気をつけて下さい」とのリーダーの指示。また、「ここは国有林ですが、元局長のOさんが一緒ですので、多少の事は大目に見てもらえるでしょうから安心して下さい」との紹介。これからのコースは前橋市に本局を置く関東森林管理局の管轄下で、群馬森林管理署(旧前橋営林署)が管理する森林であり、小生が携わった長野市に本局を置く中部森林管理局とは隣組ではあるが、OB10年となる小生の神通力がいまだ健在かには大いに不安がある。
さて歩き始めて20分余り、下り稜線で太いカラマツがたくさん倒れている。枯葉がしっかり付いているところを見ると、2週間ほど前の台風での被害木らしい。根元が大きく傾き、根系をむき出しにしている。火山礫層の中に根を大きく広げた様子が、灰色がかった土の固まりが根にこびりついている様子から解る。根が土壌を掴む力は火山礫層では非常に弱いことは、10年前の軽井沢別荘地帯を襲った台風9号が証明している。
更に谷に向って下っていくと、稜線には太い根をむき出しにして大地を鷲づかみにしている樹木がある。根を覆っていた土壌が風雪に曝される中で徐々に流れ出しているのであるが、この厳しい自然環境の中でも、「負けじ!」とシッカリと根を張り続けて生きていく逞しい生命力の象徴ともいえよう。根も掴む相手を間違えると母屋がひっくり返るが、こうして固い地盤にがむしゃらに抱きつくと強靭な陣地を作ることになる。
歩き始めて30分もすると、谷川の音が聞こえて来た。「滝は近いぞ!」と気持ちは逸るが、ここからが要注意の急勾配の下り坂である。初夏には優しい香のするコアジサイの枯木が数多く見られる。きっとアジサイ街道とも言われ、シャネルの香水の香にも似た素晴らしい香が漂うのであろうが、この急傾斜では楽しむ余裕など無いかも知れない。
前方からの水音が大きくなる。雌滝に到着だ。紅葉も終わりに近づき、茶色に変わった木の葉の中から真っ白な水しぶきを上げている滝が顔を見せている。一息付く間もなく、S婦人は雌滝の上方で待機を願うこととして、男衆3人は滝壺近くまで下り始める。道なき急斜面には獣道らしき跡はあるものの、3者3様の自己責任で選択したルートを下る事となる。「ここで事故でも起こしたら笑い者になるだけじゃよ!」と心の中で呟くが、 『元森林管理局長、国有林内の滝壺近くで転落、骨折。ヘリコプターで救助、佐久総合医療センターに収容・・・』との記事見出しが勝手に頭の中をよぎる。滑る足元に冷や汗を搔きながら、ようやく滝壺の下流沢に無事に到着、10時40分。
滝壺先端のドラム缶で気分半減か いや、歴史だよ
滝のダイナミックな姿に見とれること20分。S氏は滝を色々のアングルと複数のカメラで撮影する。滝壷に、ドラム缶が一つ転がっていたが、かつてこの河川での工事に使われたものであろうか。撮影が済み、滝の上で待つS婦人を目指して崖登りの開始である。高さは20mも無いが、ほぼ直角に近い山肌を木の根にしがみつきながら登る。水が湧き出す粘土っぽい斜面は、体重80kg余りの小生を支えるには危険が一杯で、とても生きた心地がしない。
汗びっしょりになり息を切らして崖を登り、S婦人と合流し次の目的地である雄滝へ向う。そこは雌滝の上流に位置するが、緩やかな流れに沿った河床の石をつたってのトレッキングとなる。山腹には表土が抜け落ちて岩石が露出している場所が沢山あり、そこから抜け落ちたであろう巨石が目の前に迫る。こんな石が転がってきたら一溜りもなかろう。
30分ほど上流を目指すと雄滝に到着である。雌滝よりスケールが遥かに大きく超ダイナミックな滝である。滝壺の右側は大きく崩落した岩石群が見られるが、これが滝が生まれた地質学的な説明をしてくれるのではあるまいか。また滝壺の直ぐ近くに平地があり、ここに修験者が仮住まいした場所であったという。滝に打たれる修験者が唱える念仏の声が、滝壺から聞こえて来るような気がするが、静寂の中から聞こえるのは、ちっちっと囀るミソサザイの鳴き声だけである。
さて帰りを急ごう。お昼には帰ると言って出てきたが、既に12時近くである。リーダーは川下に向かい右岸の山肌をひたひたと、修験者のごとく登って行く。「これから100mは直登ですから頑張って下さい。谷を登ると岩を落とすことが有り、後方の人を怪我させると大変ですので、稜線側を巻いて行きますのでついてきてください。」 以降、黙々と山肌をよじ登る事30分余り、ようやく林道に到着したのが12時20分。途中、紅葉したブナを見つけたり、ホオノキに付いた大きなコブを発見したりの道中であったが、息切れが激しくてお互い口を交わすことは殆ど無かった。
車を置いていたところに戻ったのが12時45分。カラマツ林の黄色く色付いた姿を楽しみつつ、かつて旅した二つの滝近くに有る霧積温泉の思い出話しに浸りながら、お互いの無事とガイドしてくれたE氏への感謝で一日が終わった。S氏の「いやー、少し甘く見ていたかな・・・・」の一言に、思わず小生も「同感です、まさか修験者になろうとは」と呟いたのが本日の総括であるが、この地を10回近くも来ていると言うE氏の驚異的なパワーにはただただ驚くばかりである。
フクロウのコレクションが趣味。画像は「なんでだろうな?」の標題で長野市の女流切り絵作家の作。好奇心の塊が若さの秘訣か。
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